Paco Sofia
(1970年代後半~80年代前半)
国産ギターは概して音が硬めのものが多く、しかも外観はMartinやGibsonのコピーばかりだったので、長い間オリジナル度の高いYAMAHA以外は使うことがありませんでした。しかし年齢を重ねると共に次第にそんな頑なさも薄れ、好奇心のままにHeadwayやCat'sEyesなど、いろいろと試してはみたものの、やはり音が硬いとか、あるいはMartinに比べていまいち物足りないとかいう印象を受けるものばかりで、それがどうしても我慢できずに放出してしまうことがほとんどでした。
しかし、若かりし頃はまだMartinを持っていなかったこともあり、比較的なリーズナブルな国産ギターで当面まかないたいと思っていた時期がありました。その時の候補として、いろいろ国産ギターを試して歩いたこともあったのです。
この paco というブランドもそうした中の一つであり、70年代後半くらいから80年代くらいにかけて渋谷にあった同名のお店の名前をそのままオリジナルブランドとしたもので、ぼくの知るかぎり、その店のみで取り扱っていたギターです。
当時、品質はなかなかいいものがあると思っていましたが、後で調べたらOEMで有名な寺田楽器が製造を担当していました。「Sofia」と「Pablo」の2機種があり、どちらもトップがスプルース、サイド・バックがマホガニーのオール単板、ボディは前者がスモールジャンボ、後者がドレッドノートで、ともに6弦と12弦がありました。外見も国産ギターとしては非常に珍しいオリジナリティの高いもので、当時一番欲しかったMartin D-28の半分弱の価格だったことから、買おうか買うまいか非常に迷ったことがあったのです。
最終的には思い切ってD-28を買う資金に充当したためSofiaとPabloは見送ったのですが、その後しばらくして非常に後悔しました。いわゆる「欲しかったけど買えなかったギターシリーズ」の最右翼だったのがこの2本だったと言っても過言ではありません。
国産ヴィンテージのブームが来た時から、この2本の存在を思い出し、ヤフオク等でも懸命に探しましたが、ぼくの知る限り、ただの一度も出てくることがありませんでした。取扱店がたったの一店舗? であり、販売台数も微々たるものだったはずなので、今となっては完全に幻のギターになってしまったのです。
それが偶然、御茶ノ水の行きつけの某店に入荷していたので、見つけたその場で即決、我が家に連れ帰ってしまいました。しかも復刻版が出たのかと見間違うほどきれいな状態で、セッティングも完璧でした。なんという幸運か! これこそ奇跡と言っていいのではないか。そんな気がする今日この頃です。
2014年4月19日、B店で奇跡のゲット。
この日外出した先が中央線沿いだったため、帰り道の途中、久しぶりに御茶ノ水を冷やかそうと思って立ち寄ったところ、偶然にもB店でこのギターが入荷していたのを発見、その場で即決して我が家に連れ帰ったものです。
このギター、Sofia は個人的に大当たりのギターだと思っています。どちらかといえば硬めの音色が多い国産ギターの中にあって、paco はK.Yairi同様に耳当たりが良く、きらびやかさもありながらふくよかで甘く暖かい音色も兼ね備えているのが特徴だと思います。サスティンも長く、余韻もすごくきれいです。
何度も書いているように、大柄な自分としては小ぶりのオーディトリアム系はサイズ的に抱えにくいんですが、 こいつはGibsonで言うならJ-185クラスのサイズで、おしりの大きさ的にGibsonのラウンドショルダーのドレッドノートと同じケースが使えるサイズに相当し、ボディの厚みも充分にあるため、ぼくでもとても使いやすいギターです。
このギターは寺田楽器製、個人的には時期や製作ロットなどにより当たり外れのあるメーカーだと思っていますが、このPACOブランドのギターたちは大当たりのシリーズでした。
70年代後半から80年代にかけての国産ギターのラインアップというと、各メーカーとも最高級品がハカランダ、高級品はローズウッドで、マホガニーの同じクラスはせいぜい10万円前後に1~2本あるくらいでした。つまりその当時はマホガニーはあまり売れなかった、あるいは比較的人気がなかったことがわかります。当時は店頭であからさまにマホガニーのギターをバカにする人がいたくらいなので、不人気だったことは理解できますが、ぼく自身はその頃からマホガニーの良さを認めていましたし、特に古いマホガニーがいいということは自覚していました。最近でこそ良質のマホガニーが枯渇してきたこともあって改めてマホガニーが見直され、MartinでもマイナーチェンジしたレギュラーのD-18の価格がD-28の価格をわずかながら上回ったりするようになりましたが、当時はマホガニーの地位は今よりもずっと低く見られていたのです。
そんな中で、PACOの寺田楽器製のSofiaとPabloはともにサイド・バックがマホガニー仕様のみ、しかもバリエーションはそれぞれの6弦と12弦のみという設定で、当時としてはかなり思い切った製品構成とわずか1店舗のみ? という販売手法をとっていたわけですが、今から思えばそのコンセプトはまったく納得出来るものであり、このギターのプロデュースをした人の眼力と先見の明には驚かされます。
このSofiaというギターがいつからいつまで造られていたのか、またその正確な仕様などは記録が見つからないので確認できないものの、材に関してはおおよそ想像がつきます。トップがおそらくシトカ・スプルース、サイド・バックがマホガニーのオール単板、ネックもマホガニーで指板・ブリッジは縞黒檀(いわゆるストライプドエボニー)、ペグはグローバーです。
当時の寺田楽器は絶好調で、OEMでも名品と呼ばれる、今でも人気の高いものをたくさん造っていた全盛期に当たります。良材をふんだんに使っていたという情報も残っていますが、Sofiaもそれがうなずけるような素晴らしい材が使われています。そのためかタップ音もクリアで素晴らしい残響感があり、サスティンや倍音もとても心地良いものになっていますし、見た目もかなりオリジナル度が高く、赤っぽい色のヘリンボーンやピラミッドブリッジの採用など、かなり通好みの仕様となっています。
ナット幅はほぼ標準の43mm程度で、シェイプはかまぼこ型が基本の握りやすいもの。全体に肉付きの良い感じのネックですが、太めのネックのほうが好きなぼくとしてはとても好ましいものです。驚くのは当時の仕様にもかかわらずネックの仕込み角が非常に深く、サドルの高さが近年のMartinのロングスロットほどもあるのです。あるいはFurchのタスクサドル並みの高さがあるといえばその高さがわかってもらえるでしょうか。それでいて弦高は適切で、ハイポジションまでとても弾きやすく、7カポにしても美しい余韻とサスティンが得られます。これはまさに現代でも通用する楽器のコンセプトです。この点を考えても、当時この楽器をプロデュースした人の手腕が素晴らしかったことがうかがえます。
気になる鳴りはというと、基本的には国産ギターらしいやや硬めのものですが、これもK.Yairiと同様に耳当たりは悪くなく、嫌な成分の音は感じられません。音色の心地好さ、音の艶と色っぽさ、そういった要素も適度に備えており、倍音成分も過不足なく充分です。ネックの握りやすさもあって、いつまでも弾いていたくなる楽器と言えます。
Sofiaの音色はやはり独特のものですが、基本的には変な癖もなく素直な鳴りです。それは逆に個性がないと言われるかもしれませんが、何を弾いても音の質感は高く、YAMAHAや海外の高級ギターの鳴りと比べても遜色のないものと言っても良いでしょう。この品質の良さ、コストパフォーマンスの高さは今となれば驚異的としか言いようがありません。
その結果、これもK.Yairi同様、音楽を選ばない万能型と言えるギターに仕上がっています。フォークの歌の伴奏はもちろん、ブルース、ブルーグラス、インストまで、なんでもイケそうです。もちろん、酒を飲んでの鼻歌にも最適なようです。(笑)
今でこそ日本でも個人ルシアーがたくさん育ってきており、それぞれ個性のある楽器を生み出していますが、このSofiaは現代から過去へタイプスリップしたかのようなスペックを持った楽器と言えます。
このギターには最初からピックガードが貼られていないのですが、これは貼らないほうがデザイン的にもいいと思いますし、ぼくが使う限り必要ありません。なぜならぼくの弾き方では肘を中心にしてジャカジャカ弾くことは少なく、もっぱら手首を回すようにしてストロークをするので、トップに傷をつけることもほとんどないからです。
もし、今このギターのスペックで個人ルシアーにオーダーしたとしたら、黙って300Kはするでしょう。それを当時の価格とほぼ同じ程度で入手できたことは幸運でしたし、またこのギターが入荷してからしばらく買い手が現れず、値下げもされたのにまだ売れずに残っていたのは、その希少性ゆえに知名度が低く、知っている人がほとんどいなかったからではないかと思われます。その意味では、知名度が低かったことが功を奏したことになり、ぼくにとって幸いだったことになります。
Sofiaは前述のとおり音楽を選ばないのでストロークでもいけますが、真骨頂はやはりフィンガー ・ ピッキングでしょう。一音一音が明確で粒立ちが良く、しっかりした鳴りの中にもふわりとした柔らかさを感じる音色です。広がり感ときれいな余韻はもちろん、きらびやかな倍音もいい具合に出てきます。
トータルでは、コストパフォーマンスに優れた素晴らしいギターだと思いますし、その希少性から二度と手に入らない貴重品かも知れません。
それにしても、まさかふらりと立ち寄った時にこのギターを見つけることになるとは思いませんでした。最近はほとんどギターショップのサイトを観ることもなくなりましたが、こういうことがあるならときどき観ないといけないかなと思い直すようになりました。
つい先日K.Yairi DYM-95V を入手したばかりなのに、まさかSofiaを見つけて即日連れ帰ってしまうとは、ほんとに先のことはわからないものだと痛感しています。
じつは最近、久しぶりにスモールジャンボを使ってみたいと思い、どうせならと普段はほとんど考えることもないGibsonのJ-185などを候補に上げたりしていましたが、ひょんなことからSofiaを手に入れることが出来たので、もはや他のスモールジャンボなどはどうでもいいという気持ちになりました。(笑)
ここまで書いたら、Sofiaのピラミッドブリッジが特殊な形をしていることに気づきました。具体的には、それぞれのピラミッドの頂点がやや内側に寄っているのです。通常はピラミッドの頂点はほぼ真ん中にあると思っていたので、こんなところにも気を使って作られていたことに感心しきりです。
しかし、絶対無理だと思っていたSofiaが我が家に来てくれるとは。こうなったら、姉妹機種のPabloもあきらめずに探し続けるとするかな。
(最終更新日 2014.4.27)