2026年6月17日 身内の苦難いろいろなど
このところ、身内にいろいろな苦難が頻発している。兄の腎臓癌と糖尿病、義理の姉(兄の元嫁)の直腸癌等だ。
具体的に言うと、兄は糖尿病を放置していたために症状がひどく悪化し、右足が壊死してしまったことから、明日切断手術をせざるを得なくなってしまった。どこから切るかは、手術を始めてみないとわからないと言う。少しずつ切っていき、ここからは残しても大丈夫だと思われるところで止めるんじゃないかと想像しているが、実際どうなのかはわからない。
義理の姉はと言うと、兄と離婚後は長いこと会っていなかったが、今回の区画整理に寄る家の移転の際に引越の手伝いなどに来てくれたことから、今年になって久しぶりに対面したばかりだった。兄のことをとても嫌っているから、兄が自分で引越ができる状態だったら来ることもなかっただろうが、兄が動けない身体になってしまったことから、姪たち(兄の娘たち)が代わりに引っ越しの大半を受け持つこととなってしまい、見るに見かねて義理の姉も手伝いに来たというわけだが、なんとその義理の姉までが病魔に蝕まれていた事が判明した。それが先月のことだから、けっこう病状が進んでから発見されたことになる。詳しくは聞いていないが、何度かの検査をした後、伊奈町にあるがんセンターで手術をしたのがつい昨日のこと。じつは手術が終わってから、こちらが姪に聞いたことでようやくそれを知った。つまりはこちらが黙っていたら伝えることもなかったのかも知れない。というより、付き添いで疲れていたんだろうと思う。こちらは保護者的な立ち位置ではあるが、姪たちももはや不惑を超えているから、いちいち叔父に伝えなくてもいいと思っているのかも知れない。もちろん伝える手間も疲れているときは億劫だろうし、逆にこっちに気を使って伝えなかったのかも知れない。そのへんの細かい心理はいくら叔父と姪でも知る由はない。あまり立ち入りすぎても迷惑になるし、難しいところではある。
明日は兄の足の手術だが、あえて立ち会いに付き合おうかとは言っていない。腎臓癌のときは姪たちと一緒に長時間待っている間にいろいろな話をしていたが、今回はどうなるだろうか。もちろん姪たちが望むなら立ち会うけど、うざいとでも思われるなら行かないほうがいいと思うしね。それに、命の危険という意味なら、腎臓癌のほうが遥かに危険だったわけで、右足の件はとりあえず切断してしまえばあとは命の危険はほぼ無くなる。生活のQOLが下がるのはまた別の話だ。逆に、壊死した足を残しておくほうが、何かの感染症にでもなった場合に命の危険が発生するのだから、切断もやむを得ない。
今回の場合は、新築に旧居の解体、引っ越しと大事が続いた上に、兄と義理の姉の病気が重なったことから、かなりの負担がかかってしまった。ぼくもだが、姪は仕事を持っているので、さらに大変だ。人生、こんなもんだ。思うようには行かないもんですよ。
とりあえず今は、兄の手術が無事に終わること、そしてできるだけ脚が多く残せることを祈るしかない。義理の姉についても、転移していないことを祈るだけだ。ちなみに義理の姉はいったん人工肛門を作ったが、回復したら元の位置に繋ぎ治す手術ができそうだと言うので、その点では良かったと思う。親友の一人も直腸癌で一時期人工肛門だったが、後に正常な状態に戻すことができた。義理の姉の場合もそうなってくれることを願っている。
つらいことばかり書くのも何なので、少しは楽しいことも書こうと思う。じつは今週末は、久しぶりに富山に行くことになった。2015年の10月に行って以来、11年ぶりだ。思えば、ずいぶん長いことご無沙汰してしまった。その理由は、ひとことで言えばなんだかんだ忙しかったからだが、その気になれば行けないことはなかった。つまりはモチベーションが他のことに行っていたからだとしか言えない。ギターつながりの友人が多いので、オフ会の計画も立てたかったが、場所の都合などでなかなか実行できなかった。富山と愛知、静岡にギター仲間が点在しているため、集めるのもなかなか大変なのだ。
今回の富山行きは、じつは最初はギター仲間たちに会うためではなかった。好きなYouTuberである埼玉の仙人ことS・M氏のリスナー仲間といえばいいのか、つまりはファン同士で、ライブでのチャットでは仲良く話をさせてもらっていた人たちがいて、そのうちの数名が富山県在住なので、富山に行くけど会えませんかと聞いてみたら、向こうも乗り気になってくれて、道の駅で会うことにしたのだ。するとその道の駅のすぐ近くに、富山の親友の一人の自宅があることを知った。具体的にはクルマで10分ほどと、偶然とは思えないほど近かった。やはり富山の友人たちには縁があるのだと思わされる。そんなことから、富山のギター仲間たちにも連絡をとった。やはり、どうせ行くなら彼らにも会っておかないともったいない。正直言って、あまりに間隔が空いてしまったため、何となく敷居が高く感じていたというのもあるのだが、指定された道の駅からほど近いところに友人の一人、D氏が住んでいるとなると、やはり会っていけということだろう。するとその友人の実家もすぐ近くにあり、空き家なのでそこに泊まっていいと言ってくれた。具体的には土曜日の夕方16時から翌日曜日の朝10時まではいていいことになった。おかげで宿代が浮いたし、道の駅で寝なくても良くなった。いつもありがとう。
その実家にぼくが滞在させてもらうとき、親友の一人H氏も来てくれることになった。久しぶりに積もる話ができるなぁ。この11年の間に、D氏には孫もできたと聞く。生まれた子供が小学校高学年になるほどご無沙汰していたわけだから、そりゃいろいろなことがあった。みんなもそうだろう。みんなそれぞれに、いろんな人生を過ごしてきたことだろう。会うのが楽しみだなぁ。
