Martin D-28(1959)
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ローティーンの頃にギターを始めて以来、ずっと Martin に憧れ続けてきました。
社会人になってようやく手が届くようになり、他のブランドも含めていろいろと買い換えたりしてきましたが、依然として Martin が一番好きなブランドであることに変わりありません。abu にとってはやはり Martin こそが王者であり、ギター界のチャンピオンなのです。それは Martin の音がもっとも自分の好みであるというのが一番の理由であり、クリアでありながら甘い音色も兼ね備え、いつまでも飽きないのが最大の魅力だと感じています。
Martin のギターは、どれをとってもそれぞれに良い味があると思いますが、その中で 1959年製 D-28 のように自分にぴったり合うギターが見つかったことはこの上ない喜びでした。ずいぶんと寄り道もしましたが、いろいろ取り替えて試してきたおかげで、自分にとって必要なギターはどれなのかを理解することができ、ようやく自分にとって最上のラインアップになってきたと思います。
コレクションしているつもりはないので、最高に気に入ったギターが見つかった現在では必要最低限の本数に絞り込む段階にきています。今までは思い入れの強さなどからなかなか減らすことができず困っていましたが、ここへきてようやく、理想としていた「少数精鋭」が実現したと思います。(^^ゞ
D-28 #168557 (1959)
2006年 2月 2日(木)。
都内R店で運命のゲット。
現在、間違いなく我が家のナンバーワンといえるギターです。
1959年は、自分の生まれた年でもあります。つまり、巷でよく言うバースイヤーの D-28 ということになります。
以前から、ギターに関する「四つのお願い」を、自分なりに決めていました。
それは D-45 を入手すること、プリウォーの Martin を入手すること、(中古を買うとき)ブルーケース付きのギターに当たること、そしてバースイヤーの Martin を入手すること、の四つでした。
そのうち三つは(手放したものもあっても)すでに実現していましたが、残る一つ、バースイヤーの Martin はじつに難しく、今までまったく実現できなかったのでした。
とはいっても、さほどバースイヤーにこだわっていたわけではないのですが、このくらいの年代のものがどうしても欲しいとは思っていました。働き盛りのヴィンテージとして、個人的に最高だと思っているからです。
ただ時代的にこの年代は製造本数が極めて少ないのですが、その中でも59年製は非常に出会うのが困難なので苦労しました。
理由として「59年製は特に生産本数が少ない」ことが、第一の理由です。参考までに書いておきますが、前後十年の Martin 全体のラストシリアルとD-28の生産本数は次のとおりです。
55 147328 806
56 152775 702
57 159061 901
58 165576 677
59 171047 476
60 175689 604
61 181297 507
62 187384 680
63 193327 651
64 199626 976
65 207030 928
ご覧のとおり、59年製はもっとも少ないことがわかります。最近のリミテッドエディションでさえもこれよりずっと多いものが少なくないのですから、レギュラーモデルとしては驚くべき少なさです。逆に言えば時代とともに生産本数がいかに増えたかを如実に表していると思います。
しかもこの時代の楽器は現在では価格もかなり高価になってしまいました。ましてやその中でも自分の好みにマッチしたものでなければお金は出せないわけで、実現するには非常に狭き門を通らなければならないことになります。
実際、何度か 59年製を試したことはあります。それは OO-18 だったり O-18 だったり OOO-18 だったり D-28E だったりしましたが、どれもいまいち気に入らなかったのでした。小型ボディのほうが市場に出てくることが多く、狙っているドレッドノートは極度に少ないので、出会える確率が非常に低いのがつらいところです。
バースイヤーが欲しい理由は自分と同い年というだけでなく、先に書いたとおりヴィンテージとしてもっとも使いでのある年代だと思うからです。
したがって前にも書いたとおり特に59年製にこだわっているわけではありませんが、50年代から60年前後、新しくともロングサドル末期あたりまでのドレッドノートは、そのサウンドのみならず、ヘッドの形やロゴの状態まで、個人的にじつに好みにマッチするものが多いのです。
個人的な経験からいうと、全体として50年代は元気な鳴りのものが多く、非常に好感を持っています。
もっと細かく言うと、50年代でもその初期は比較的マイルドなものが多く、後期はやや硬めで音に張りがある傾向が強くなり、中期はその中間という感じでしたが、このくらいの年代になると個体差もけっこう出てきますね。
そこで今回の59年製 D-28 です。このあたりの年代で鳴りさえ良ければ、ボディサイズや型番についてはあまりこだわるつもりは無かったものの、今回出会ったのは願ってもないドレッドノートで、しかもその中でも一番好きな D-28であり、これがまた幸運にも、きわめて素晴らしい楽器だったのでした。
材はまずトップがおそらくシトカ・スプルース、サイド・ バックはハカランダ、ネックはマホガニーでTバーロッド、指板・ブリッジはエボニー。
ブレーシングはノンスキャロップ、ペグはオリジナルのグローバーロトマチック、ピックガードもオリジナルで 55年~ 60年までの右下が少し角ばったもの。わかる人が見ればこのピックガードで50年代後半の楽器だとわかるものです。
トップは全体にわたって無数のラッカーチェック(D-28らしく、亀の子状、放射状、四方八方に)広がっています。年代相応にクラックもトップとバックに何箇所かありますが、すべてきっちりとリペア済み。意外と重要なサイドは無傷なので、まったく問題なしです。
サイド ・ バックは薄くオーバースプレーされているようですが、相当前に行われたらしく、いつやったのかわからないくらいなので、これも気になりません。
ついでにヘッドにもラッカーチェックがバリバリですが、かといって塗装が剥がれるようなことは無さそうなので、まあ大丈夫でしょう。
ハカランダの木目は見事な柾目の材です。やはりこの時代のハカランダは、最近のものとはまったく違いますね。
見た目に反しこの楽器のオリジナル度の高さは驚きで、サドル等の消耗品以外は指板・ブリッジにピックガードはもちろん、内部のブリッジプレート(メイプル)に至るまでオリジナルのまま残っていました。
もう一つ特筆すべきは、演奏コンディションの良さ。ネックの反り無し、元起き無し、トップのふくらみも少なくサドルの高さも充分にありました。それでいてサウンドホール周囲にはえぐれているほどに弾き傷があり、充分に弾きこまれていることがわかります。
またヴィンテージになるとネックの裏側に傷があるものも珍しくありませんが、このギターに関しては気になるほどのものは見当たらず、良い状態を保っているのが嬉しいところです。
気になる音色のほうですが、ひとことで言えば、驚くほどに良く鳴ります。
と言っても、極端に音が大きいとか、ちょっと聴いただけでなんじゃこりゃとたまげるような、いわゆる最初から驚くような鳴りとは違います。
などと書くと、「意味わかんない」と言われそうですが、つまりはこういうことです。
最初は普通のD-28としか感じないのだけど、5分、10分と弾いていくと次第に惹きこまれ、気がつけば手放せなくなっているのです。
もっと言うと、欲しい音はすべて出るし、不要な音は出てこない。あくまで基本はスタンダードなD-28なのだけど、その音の要素のすべてが極めて充実していて、文句のつけようがないレベルに達している。例えてみれば、いくら飲んでも飲み飽きしない酒のようなイメージに近いと思います。そんな楽器です。
立ち上がりが良く、Tバーロッドらしく全体的に音が太く、といっても太すぎず繊細さも充分にあり、高音はクリアかつブライトで粒立ちが良くて艶があり、全体のバランスも優れています。
とにかく音の抜けが良く、音量もかなりあり、特に低音の腰があって押し出しが強く、じつに迫力があります。音の広がり方も適度で、倍音も充分に出てきますが決して出すぎず、ちょうどいい感じです。
力強く張りのあるサウンドは我が家のギターの中でもトップクラスであり、それでいて決してガチガチに硬いだけのサウンドではなく、適度な甘さとまろやかさもちゃんと備えていて、申し分のないものだといえます。
トータルではすべての要素が適度な、ある意味で理想的とも言える絶妙なバランスを持った驚異的なギターと言えます(あくまで自分の好みの範疇で、だけどね)。
ノンスキャロップであるにもかかわらず、スキャロップ並みの抜けの良さと立ち上がりで鳴るということが驚きですし、加えてノンスキャロップの美点である腰のある低域の強みも持ち合わせています。
フラットピックだけでなく、フィンガーで弾いてもその反応の速さは素晴らしく、音の艶も申し分ないものがあります。ライトゲージを張ることにより、フィンガーでも充分に楽しめる楽器だともいえますし、あるいはそのほうが好きだという人も多いでしょう。
前述のとおり、50年代から60年代前半くらいまでの、いわゆるロングスロット期の終わりまでのギターにはいいものが多いように感じています。自分が好きだというだけかも知れませんけどね。
流通している本数が少ない上に、その価格もここ数年でかなり高騰してしまったため、ずいぶんと入手困難になってしまったのが困りものですが。
この D-28'59、トータルでは今までに弾いてきた D-28 の中でも最高の鳴りであり、その音の出方はあのモンスター D-18'43 と同等以上と言っていいほどです。
いささか大げさかもしれませんが、あのモンスターを買い逃した無念の思いもこのギターを入手したことによってほとんど消えたことは間違いありません。現在、自分の所有しているギターの中でも、間違いなくベストと言えます。
ノンスキャロップであるにも関わらずあのモンスターと同等以上の鳴りを実現していることは驚くべきことであり、このギターの価値をより高めていると思っています。
過去にも、欲しいなと思いながら入手困難なためほとんどあきらめていた楽器を何度かゲットできるという幸運がありました。 東海カスタムことHD-28 Custom'81 Limited(放出済)もそうだし、D-28S'69 (放出済)もそうだったし、 D-45S CUSTOM'96(放出済)もそうでした。願い続ければ、いつかきっと何とかなる。そんな思いが強くなってきました。
しかし、バースイヤー製 D-28 に限っていえばまず無理だろうと思っていました。理由は前述の本数の少なさと価格が上がってしまったことですが、たまたま素晴らしい個体に出会ってしまったからには仕方がなく、価格の問題についてはローンと他の楽器を放出することで対応すればいいと割り切ることで何とかクリアできるため、購入に踏み切ったのでした。こんなギターに出会えるなんて思いもしなかったので、それなりの決心が必要だったのは事実です。いいものを手にするためにはそれなりの苦労が必要です。
こうして、やっと手に入れたバースイヤー製、同い年の D-28'59。
ただ同じ年に生まれたというだけなのに、何か言葉では言えないほどの親しみを感じます。お互い今まで頑張ってきたよなと言葉をかけてやりたくなります。
今まで、最後まで残すギターは D-28S だと言ってきたり、メインギターの座を D-45CFM に移すなどと宣言したりもしてきましたが、今回この D-28'59 が我が家に来たことで、最後まで残すギターも、メインギターの座も、一気にこのギターに移行してしまったのは間違いないでしょう。次元が違うと言ったら言いすぎかも知れませんが、それくらいこのギターは鳴ると思っているからです。
いや、単に鳴るという表現だけでは誤解を受けるかもしれません。このギターは他のギターと何かが違う気がするのです。
上手く言えませんが、D-28'59 に限っては何かが宿っているのではないかと思えること。ときおり感じる柔らかさ、艶っぽさ、色気といった心温まる要素に加えて、別の何かが。それこそ経年による深みだけではないこのギターの最大の特徴ではないかと感じていますが、うまく言葉で表現できないのがもどかしいところです。
ちなみにこのギターは今までずっとアメリカにいたそうで、今回初めて来日したところ、縁があって自分のところに来たということになります。乾燥しているアメリカでずっと使われていたためにこんなに派手なラッカーチェックだらけになり、そのかわりこんなモンスターサウンドになったのかな? などと勝手に想像しています。
入手後、しばらくそのままで弾いていましたが、まだ伸びしろがあるという感じがしていたので、知り合いの凄腕のリペアマン氏に最高レベルの牛骨でサドルとナットを交換してもらったところ、さらに良くなりました。具体的にはダイレクト感が増し、音程も良くなり、レンジも広くなり、サスティンも長くなり、音の艶はそのままに音量と倍音も増加しました。わずかにこのギター特有の暖かみのようなものが減ったかもしれませんが、それは音の輪郭がはっきりしたためだと思いますし、トータルでは明らかに音質が向上したことは間違いありません。リペアマン氏に心から感謝しています。
自分の手元に、同い年の Martin があったらいいだろうなあと思っていましたが、それがこんな、自分にとって最高のギターだったとは。なんという幸運かと、感謝したい気分です。
(最終更新日 2007.10.6)