桜の開花と新型肺炎騒ぎ
2020年04月04日
このところ、facebook や Instagram への投稿が滞っている。それらへの投稿はもっぱら写真がメインだけど、最近は撮影に行ってないので、出すものがないわけだ。過去の分はいくらでもあるけれど、それを選んで出すほどの義務感もその必要も感じていないのでのんびり構えているだけ。そこんとこよろしくです。
このところ、facebook や Instagram への投稿が滞っている。それらへの投稿はもっぱら写真がメインだけど、最近は撮影に行ってないので、出すものがないわけだ。過去の分はいくらでもあるけれど、それを選んで出すほどの義務感もその必要も感じていないのでのんびり構えているだけ。そこんとこよろしくです。
このところ、ほとんど撮影に出かけていない。具体的には昨年の秋、コスモスの季節からずっとカメラを手にしていないと言ってもいい。これには理由があって、毎年楽しみにしている鴻巣市の1,000万本のコスモスが、台風のために全滅してしまったことがきっかけだ。自分でも驚くくらいに意気消沈してしまい、その後の紅葉のシーズンもどこにも行かなかった。これも毎年行っている新座市の平林寺にも行かなかったのだ。また入れない場所が増えたと聞いたら、行く気持ちがまったく萎えてしまった。
そのまま年が明けてすでに1月も終わろうとしているこの時期まで、ちゃんとしたカメラで撮影をしないまま現在に至っている(さすがにスマホでちゃちゃっと撮るくらいはしているけど)。
タイトルにはそう書いたけど、実際には新年を迎えたからと言って特別に思うことなんて何もない。ぼくという人間は毎年そうなのだ。初詣などを始めとした年末年始の行事などにはほとんど興味がないし、初日の出にもあまり興味を示さない。だって太陽も神社仏閣も毎日存在しているのに、年始だけありがたがるって、ちょっと変じゃないか。そう思ってしまう。